Pika in Daisetu National Park 1

怒りと懺悔のナキウサギページ。こんなはずではなかったのだが。


1997年9月21日-24日、大雪山国立公園に行く

兎好きが堕ちて行く道には様々なパターンがある。多頭飼いに走る者、珍しい品種に魅かれる者、グッズ収集に命を賭ける者。他にも何を勘違いしたかバニーガールを拝んでしまうような者も稀にはいる。

そんな中でも野性の兎に興味を持つ者たちにとって、ナキウサギは特別な生き物である。日本では北海道の極く一部の高山帯にしか生息しておらず、その上大半を地下で過ごす為に観察が難しい。神戸に住んでいる上に長期休暇を取るのが難しい我々夫婦にとって、ナキウサギを直接目で見、あわよくば写真も撮影してしまおう、というのは長年の夢であった。

ガレ場近くの湖


とあるガレ場(9月21日日曜日)

北海道のナキウサギは、現在では一部を除いてかなり標高の高い所にしか生息しない。というからには「一部」というのが数ヵ所あるのだが、ナキウサギ初心者の我々が目指したのは当然のようにそのうちの最も知られた一箇所であった。それが大間違いだったとは知る由も無かった。

今回撮影したガレ場。三分くらいの紅葉であった。このゴロゴロした岩の間に出来た空間でナキウサギは生活している。


ガレ場を横切る登山道

ガレ場を横切るように登山道が通っている。初日、登山口からしばらく登った我々が目にしたのは、おびただしい数の三脚の列であった。

こんな感じである。これでも少ない日の光景で、休日はこれの優に四倍は並ぶ。


最初は「すごいもんだな〜」とかお気楽な事を考えていた我々であるが、セッティングしてしばらく周りを見ていると、どうも様子が変である。非常にマナーが悪いのである。臆病な動物を撮影に来ているはずなのに延々喋って物音を立てている者、ナキウサギがいるはずの岩場に荷物を置く者、うろうろ歩き回っては小枝を折って視界を確保しようとする者。中でも驚いたのは、シマリスに餌付けをしている人たちがいた事だ。これは明らかにとんでもない事である。
しかし、話を横から聞いている限りでは、彼等は何度も撮影に来ているベテランで、常連とも言えそうな集団を形成しているようなのである。これだけ大勢人間がいながら誰も注意しない所を見ると、もしかしたら何か撮影利便以外の理由があるのかもしれない。初めて来た我々が注意をするのはためらわれる雰囲気なのであった。


疑問は多々あったものの、何時間かおきにナキウサギは顔を出した。初めて見るその姿は、写真集やビデオで見て想像していたよりも逞しく、兎独特の「偉そう」感が漂っていた。我々が撮影に没頭した事は言うまでも無い。もっとも朝五時半から夕方五時半まで粘って、撮影したカットは僅かに四場面でしかなかったが。しかしやはり何か釈然としない物が残った帰り道であった。


再び、とあるガレ場(9月22日月曜日)

さて次の日。月曜日ではあるが連休中日であり、日曜程では無いもののやはり人出は多かった。マナーの悪さは相変わらずであるが、そんな中で一人の「本当の」ベテランカメラマンに話を聞く事が出来た。要約すると、

1.餌付けする人が出てきたおかげで、本来森林をテリトリーとするシマリスがガレ場に出てくるようになった

2.シマリスのおこぼれを狙ってネズミも来るようになった

3.結果、以前は人間のいるすぐ脇に顔を出して逃げもしなかったナキウサギは彼らに追われて余り出て来なくなった

んだそうである。
真偽の程は分からないが、もし本当だとするとこれはかなりヤバい状態ではないだろうか。シマリスは環境に適応する力の強い生き物である。もしなんらかの競合がおきれば、ナキウサギのようなひ弱な生き物なんて簡単に蹴散らしてしまう力はある。(少なくともうちのチョウセンシマリスはアナウサギより強いし。)


場所がここでなければ、実に可愛い奴等なんだが...

それに輪を懸けてのこの人出である。このガレ場のナキウサギも先は長くないだろう。事情がようやく理解できた私は、午後は岩に直接三脚を立てようとする奴とか荷物を置こうとする奴に対して注意を始めたのだが、しかし大抵は無言で渋々従うだけである。疉み付けてくようなのまでいた。自分の間違いを素直に認める奴は一人もいなかった。私は人相の悪いほうなんだそうで、幸か不幸か食ってかかって来る奴はいなかったのだが。しかし一体彼らにとってハ真って何なんだろう。少なくとも私には理解できない欲求の為の手段に違いない。大抵シニカルな私ではあるが、ここまで脱力感に襲われたのは久しぶりの事であった。

しかし。毎日来られる訳では無い我々にこの状態を改善出来る訳も無いし、だいたい既に昨日一日で我々は加害者の仲間である。あまり偉そうな事を言えようはずもない。せめてもの出来る事は、これ以上ここの人出に加わらない事であろう。次の休日は撮影に来ない事に決めた。少ない休日をやりくりし苦労して来た北海道なのにナキウサギを見に行けない悔しさ。その晩、宿でヤケ酒した事は言うまでもない。



そういえば妻が面白い話を聞いていた。先に書いた「うろうろ歩き回っては小枝を折って視界を確保しようとするメ」(全身ニコングッズで固めた中年オヤジ)だが、登山道からガレ場に出ようとした別の男を見て一言

「マナーの悪いヤツがいるねえ。」だって。

おいおい、さっき岩に登って枝へし折ってたのは誰?

..でも良く考えてみれば、このオヤジを本当に笑える人は余り多くないはずである。


又々、とあるガレ場(9月24日水曜日)

連休が終わって最初の平日。さすがに今日は人も少ないだろう、と思った通り、朝六時に来た我々が一番乗りであった。ほとんど時間をおかずに、もう一人いかにも経験豊富そうなカメラマンが登って来た。彼は機材をセットすると、岩の上に載せられていた餌付けの後(ナナカマドの実とか、ヒマワリの種とか)を拾い集め始めた。やはり餌付けは、まともな人にとっては許しがたい行為なのである。私はその人を見てちょっとだけほっとした。

さて肝心のナキウサギは、と言うと、これが先日までとはまるで別のガレ場のように顔を出してくれるのである。やはり人が多いという事は、それだけで彼らには大きなプレッシャーだったのだ。いっぺんに二匹出てきてくれたりもした(同じ場所じゃなかったのが非常に残念だ)。結局このページの写真は殆どが三日目のものとなった。(自分でも下手糞な写真ばかりで情けないのだけど。)

撮影できた事も嬉しかったのだが、それ以上に、撮影を止めて肉眼でナキウサギの可愛さを直接ゆっくり見る事ができた事が何より楽しかった事も是非つけ加えておきたい。ここまで沢山顔を出してくれなければ、そんな余裕もなかっただろう。やはりファインダー越しとは全く違う。それまで決して見せなかった、食糞や食事シーンも見られたし、今までは遠い世界のシンボル的存在だった彼らを、ようやく生きた動物として実感出来たひとときだった。


しかし午前9時ごろになると、突然8人程の団体がやってきて、にわかに騒がしくなった。先日とは又違う人達だが、やはり野生動物を撮影しようという態度ではない。人の立てている三脚の下に自分の三脚の脚を入れて平気な神経には言葉も出なかった。30分程我慢したのだが、ナキウサギもぱったり出て来なくなってしまった。これ以上は無駄である事を三日目にしてようやく悟った我々は、神戸に戻るべくガレ場を後にした。
ちなみに先の餌付け拾いしていたカメラマンは、団体が来た五分後には撤収していた。さすがである。


短かい期間だったが、いろいろ考える所の多い大雪山国立公園であった。今、大雪山ではナキウサギの山にトンネルを通そうとしていたり(地下で生活しているんだぞ!)、道路脇に生える高山植物に除草剤を散布してみたりと、ナキウサギの生存環境は悪化する一方である。今回のガレ場のように心無い観光客の存在も彼らを脅かしている。何かが必要である。私は今本気で帯広あたりへの移住を考えている。(大久野島の兎達も気になるんだけど、逞しさが段違いだし。)
実際のところ、まだまだ言いたいことが沢山ある。しかしまあ、これ以上の文句は現場でぶつけるのが筋というものだろう。これを読んでくれた皆さんも、是非野生の動物に注意を向ける時は、加害者への境界は思ったより近くにあるんだって事を心の片隅に留めておいて貰えればと思う。

ナキウサギについてもっと知りたいなら、次のリンクから辿って見るのが王道でしょう。

ナキウサギふぁんくらぶ(ちなみに私は1488匹目)


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鹿川 伊知郎(Ichiro Shikagawa <shikapon@jiru.com>)
Julius Guilbert Trading Co.
Memuro, Hokkaido, JAPAN
Last Modified : Oct 1, 1997